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Selfishly

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extra Je te veuk 《貴方が欲しい》


 ★ 久遠の輪舞 extra

 ~ Je te veuk ~《貴方が欲しい》




 
 互いの思いを確認し合ったからと、2人の生活には何ら変わった事はない。
 ロイは相変わらず軍務にと忙しい日々を過ごし、エドワードは旅から旅へと目まぐるしく活動を続けている日々だ。
 僅かな時間を逢い、また日々の日常に戻っていく。

 少しだけ変化があった事といえば、報告の為に会う回数が、本の少しだけ増えた事だろうか。
 
 それでも最初は、そんなささやかな事でも十分に嬉しかった。
 好きな相手に会える回数が増えて、嬉しくない者などいないだろう。
 が、それはそれで逢えない日々の辛さを、余計に感じさせてゆくものなのだ。





「はぁー」
 司令部のデスクでは、ロイが窓の外を見ながら、深いため息を吐いている光景が見える。
 隣室では、最近の上司の不安定な様子に、ヒソヒソ話が繰り返されている。
「また不調だよなぁ」
「そうですね。おかしいですよねぇ、以前なら報告から戻ってくると暫く上機嫌で居られたのに」
「そうそう。今も報告前の上機嫌は同じだけど、戻ってから、暗くねぇ?」
「だよな。何だろ大佐、大将に怒られてばかりいるんじゃないのか?」
「怒られるって…。それじゃあ大佐が、何か悪いことでもしてるみたいじゃないですか」
「…う~ん? 最近ずっと品行方正だもんな」
 口々に勝手な推測を話しながら、ああでもないこうでもないと首を傾げてみる。
 野次馬達の群れには混じらず、淡々と仕事をこなしていたホークアイが、呆れたような声で告げてくる。
「あなた達、いい加減に仕事に戻りなさい」
 いつもなら上司の不調には厳しい彼女が、寛容な態度を示す理由は1つ。仕事は順調に進めているからなのだ。
 不調と言っても、仕事の合間にぽっかりと空いた時間に物思いに耽っているだけなのだから、
物思いしている時間や回数が多いという事は、それだけ順調に仕事を処理している証拠なのだった。
「でも、気になりませんかぁ? ここ最近の大佐の様子って。
 もしかして、何か病気だとか…」
 そのハボックの言葉に、あらっと驚いた表情を返してくる。
「そうね…、確かに患ってはいるのかも」
 可笑しそうに返された言葉に、ハボックや周囲の者達の方が焦ってしまう。
「かもって! そんなら、悠長に構えてちゃあ駄目なんじゃないですか!」
 そのハボックの悲壮な声に、ホークアイは彼女には珍しく小さな笑い声を上げて、詠って返す。
「お医者様でも温泉でも、惚れた病は治りゃせぬ。
 あなた達も馬に蹴られたくなかったら、余計な事に首を突っ込まないことよ」
「「「はっ?」」」




 ***

 別段、ロイも今の現状に不満があると言うわけでもない。
 会える時には目一杯幸せを満喫しているし、最近は少しずつ恋人の存在に慣れてきたエドワードも、
触れる度に暴れる回数も減ってきた。
 ロイの恋人は、気高く、優しく、美しくて可愛いと、素晴らしい美点を数々具えているが、
如何せん少々乱暴な処がある。
 そして…、恐ろしい位に鈍感な処も…。
 色恋では初心者だと言っていた通り、ロイの心模様などなかなか察しては貰えない。
 おかげで両思いになったからと言っても、相変わらずキス止まり。
しかも、それさえなかなかチャンスに恵まれない事が多いのだ。
 別段、今すぐ全てが欲しいとは言わないが、もう少し2人が睦み合う時間を欲しいと思うのは、
恋人として当然の事だろう。





「ロイ! 久しぶり」
 嬉しそうな笑みを向けてきてくれるエドワードに、思わずロイの表情も緩んでしまう。
「やぁ、相変わらず元気そうだね」
「ああ。最近、結構順調に進んでてさ。
 ほら、これが報告書」
 ガサガサと袋から紙の束を取り出して、定期報告を告げ始める。勿論、報告を受ける為に、
互いの忙しい時間をやりくりして会っているのだから、報告の重要性は判っている。
 だからこれが終わったら、今日こそ告げてみよう。
 たまには泊まっていって、互いにゆっくりと話をしないか?と。
 ずっと頭の中で練習してきたセリフを、今日こそは告げようと決心して、
エドワードの報告が最短で終われるように、全神経を総動員して聞き、頭に叩き込んでいく。



「と言うとこまでが、現在の進行状況だ。今、アポイントを取り付けようとしている相手を加えられたら、
この地域の基盤は確実になる。
 けど、これがなかなか慎重な相手でさ。会うにもなかなか良い返事を返して貰えてないんだ。
まぁ、他と平行して、気長に中ってみるよ」
 報告が一段落したようで、エドワードが用紙を片付け始める。
「そうか、苦労をかけるな。その人物に関しては、確かこちらでも伝手が有ったと思うんで、
早急に中ってみることにしよう」
「Ok頼む。でも、判ってるとは思うけど、あんたが動くのは駄目だぜ。
情報だけ、こちらに渡してくれれば、俺らが動くからな」
「…判っている」
 エドワードにそう念を押される度に、ロイの気持ちは重くなる。彼らが志願しての事ではあるが、
危ない橋ばかり渡らせているかと思うと、暗くならない方が無理だろう。
「ロイ…。俺らは自分達がやれる事をやってるだけだ。
 危ない事はあっても、無茶はしてない。だから、大丈夫だ」
 テーブルの上で知らずに固めていた拳を、エドワードが気遣うように握ってくれる。
 心配しない事は出来ないが、信頼して待つ事は出来る。
 そう気持ちを切り替えて、握ってくれた手の平を握り返す。
 互いに触れ合う程の近さで微笑み合い、しかも互いの手を握り締めあっているのだ。
ムード満点な状況に、ロイは伝え忘れている言葉を言うチャンスを知る。

「エドワード、それでだが…」
 握った手の平に、グッと力を籠める。
「ん?」
 話し出したロイに、問う様に小首を傾げる仕草が物凄く可愛い。
 ロイはドキドキと早鐘を打つ心臓に、煩いと念じながら、何度も練習してきたセリフを告げようと…。
「失礼致します。ジャン・フュリー様でしょうか?」
 陰のように忍び寄って、ロイの偽名を告げてきたのは、このホテルのフロントだった。
 握り合っていた手を慌てて解き、居ずまいを正す。
「そうですが、何か?」
「フロントに至急のお電話が入っております。あちらでお受け下さい」
 示された電話ボックスに視線を流し、ロイは吐きたいため息を我慢しながら席を立つ。

 そして予想通りの事件勃発で、急ぎ司令部へと戻る羽目になる。




 それから数週間。
 次への定期報告の連絡を待つ日々が続く。
 そしてそれは、思ったより早く叶ったのだった。
『近くを通るから』と連絡を寄越してきたエドワードに、ロイは一も二も無く『迎えに行こう』と返事を返した。
 
 当日、出来るだけの仕事は前日に終わらせ、指定の時刻までをそわそわとした気分で待ち侘びている。
 待ち合わせは珍しく駅のホームだ。ロイが迎えに行くと告げると、
それならホームまで来てくれるかと言うエドワードの言葉に、何の疑問も異論もなく二つ返事で返したのだった。


 
 セントラルほど大きくは無いが、都心に近くの地方都市のせいか、結構な乗客でホームはごった返ししている。
 キョロキョロと見回している見慣れた人物に、ロイは足早に近付いて行く。
「エドワード」
 近くまで行って、そう声をかけてやると、気づいたエドワードが嬉しそうな笑みを見せてくる。
「良かったぁ、逢えて」
 珍しく素直な恋人の言葉に、ロイの笑みが一層深くなる。
「疲れただろう? 少し休むといい」
 そう告げながら、手荷物を持ってやろうとして、見慣れたトランクが無い事に気が付く。
 そして…。
「大佐、お久しぶりです」
 昇降口からひょっこりと顔を覗かせ、嬉しそうに挨拶してくるのは。
「やぁ、アルフォンス…? 久しぶりだね」
 定期報告を聞く時にアルフォンスが付いてきたことなど1度としてなかった。
アルフォンスに日頃の礼を告げながら、ロイの疑問は疑惑に変わっていく。
「で、君らが揃っているという事は、もしかしたら…」
 そうであって欲しくはないと思いながらも、恐る恐る聞いてみる。
「はい、丁度、移動途中だったんです。
 一旦降りようかと話してたんですが、大佐がホームまで来て下さると窺って、助かりました」
 そのアルフォンスの言葉で、ロイは自分が安請け合いしてしまった事を心底、後悔した。
「そう…か。忙しい思いをさせて申しわけなかったね」
「いえ、とんでもありません。
 でも久しぶりにご挨拶が出来て良かったです」
 ニコニコと相変わらず人好きのする笑みを向けられ、ロイも気持ちを切り替え、
アルフォンスの元気な様子を喜ぶ言葉を告げる。
 2人が穏かに会話している横では、無口になっているエドワードが苛々したようすで、
ロイに報告書を押し付けるようにして渡してくる。
「これ、今回までの報告な。読んだら、直ぐに消去しろよ」
 それだけ言うと、さっさと列車に乗り込んでしまう。
「鋼の?」
 余りの素っ気無いエドワードの態度に、ロイが戸惑うようにしていると、
アルフォンスが笑いながら謝罪を告げてくる。
「すみません、大佐。
 兄さん、僕に焼餅を焼いてるんですよ、きっと」
「ア、アルフォンス?」
「本当は会えるのを凄く楽しみにしてたんです。でも、僕まで付いて出てきちゃったから。
 また次回の時にでも、機嫌を取ってやって下さいね」
 そう告げると、中から不機嫌に自分を呼ぶ声に、肩を竦めて見せて乗り込んでいく。
 そして、彼らの乗車席の窓際まで近付いて見送るが、エドワードはチラリと視線を寄越しただけで、
ぶっすりとしたまま去って行った。


 寂しいながらも、少しだけ浮かれた気分で、ロイはホームを後にしたのだった。
 その後は、遠方まで足を運んでいた為か、エドワードから定期報告の日時を連絡してくる事が無い日々が続く。





 
「はぁ…。まさか、好きな人間に逢えない事が、こんなに辛いものだとはね」
 帰りそびれた執務室の中で、ロイは初めて経験する心情を味わっていた。
 幾度も恋をしてきたと思っていたが、エドワードと始めたばかりの恋は、今までとは全く違っていた。
 自分の感情のコントロールは上手い方だと自負していたが、
彼の言動で一喜一憂している今の自分は、まるで馬鹿のようだ。
 忙しくしている最中でも、ふとした面影を思い浮かべ、落ち込んだり元気付けられたりと、忙しくて仕方がない。
 なのに…1番不思議なのは、それが少しも嫌でないことだ。
 こうして浮かれ、沈みしている自分が、可笑しくて、面白くて、嬉しい。
 そう思える自分がまだ有ったことが、ロイを驚かせ、喜ばせているのだ。
 深夜の誰も居無くなった部屋で、ロイはつくづく、エドワードと言う存在の偉大さに気が付かされる。
 誰も彼の心の殻を破れるものはいなかった。
 が、エドワードは気が付けば、いつも心の琴線が触れる傍までやってくる。
 その度に、ロイの古くさび付いた心が、不思議なメロディーを奏で続けているような気がしていた。
 それが不思議で悩んだ事も有ったが、別に本当は不思議でも何でもない。
 それはロイの心が、喜び詠っていただけなのだ。


 そんな事を思い浮かべながら、遅くなりすぎた帰り支度を始めようとすると。
 静かな部屋の中に、小さなシグナルのような音が鳴り響く。
 それは特別回線のコール音だ。
 用心深く受話器を上げると、驚いたような小さな声が飛び込んでくる。
「…鋼の?」
 その微かな羽音のような声で相手を聞き分けると、ロイは驚いたように相手に問いかけた。
『……… 何だよ、あんた…。居たのかよ…』
 照れくさそうに呟かれた声は、間違いなくエドワードのものだ。
「君こそ、一体どうしたんだい、こんな深夜に?」
『別に…。近くに来たから、どうしてるかなと思っただけで』
 しどろもどろのエドワードの話し口調など、今のロイには気にならない。
それよりも、重要な単語に気を奪われていたからだ。
「近くだって? 一体、どこに居るんだ、今!」
 勢い込んで訊ねるロイに押されるように、エドワードが1つの街の名前を告げる。
 それは、セントラルから然程遠くない近隣の街名だ。
「その街のどこに居るんだい?
 駅前のホテル? 名は?」
 矢継ぎ早に訊ねる間にも、ロイは帰り支度を整えてゆく。
 そして、司令室に備え付けられていた1つの鍵を握り締めると。
「判った。今から2時間程で着く。待っていてくれ」
 そう告げると、エドワードの返事も聞かずに電話を切って、部屋を飛び出していく。



  
 そして、2時間も経たずに聞いたホテルの前に、車を横付けにしたのだった。
 深夜の突然の客に驚いたようにドアマンが走り寄ってくる。
 その相手に鍵を渡し車を頼むと、部屋番号を確認しようとフロントへと早足で近付いていこうとして、
横からの声に引き止められる。
「ロイ、こっちだって」
 入り口の近くのソファーで、小さく埋もれるようにして座っているのは、ロイが今から会いに行こうとしている相手だ。
「エドワード…」
「何だよ、あんた。偉く早いじゃんか」
 そんな可愛い憎まれ口を叩きながら、エドワードは導くようにロイの袖の端を引っ張ってゆく。
 
 深夜の為か、人気の無い階段を上がり廊下を歩く。
 そして、そっと絡めるように握ったエドワードの手が、余りに冷たくて、
ロイは温もりを分け与えるように握り込む。
 そして、薄っすらと項まで紅く染めているエドワードを盗み見しながら、
相手の言動に浮かれ沈むのは自分だけではないことを。
恋愛とは1人では出来ないことを知った。
 ロイがエドワードを恋しく思っていたように、エドワードもロイを思って、
主不在を思いつつもコールを鳴らし続けていたのだろう。そして、会える喜びに浮き立つ気持ちを抑えきれずに
部屋から飛び出し、待ち続けてくれたのだ。


 
 清潔だが、エドワードらしい質素な部屋に案内され。
 2人は柄も無く気恥ずかしい気持ちで、ベットに並んで腰をかける。
 それは別段意図してではなく、二人座れるような椅子が無かったせいだ。
 居心地悪そうに何度も身じろぎしていたエドワードが、気づいたように立ち上がり告げてくる。
「そ、そうだ、報告書。この前、あんたが紹介してくれた伝手で上手くいってさ…」
 部屋に置かれていたトランクへと近付こうとしたエドワードの腕を掴む。
「ロ、ロイ?」
「エドワード、まずは先に君の顔を見せてくれ」
 そう告げて、立ち上がったエドワードを自分の傍に座らせる。
「う…うん」
 気恥ずかしそうに俯きながらも、エドワードは言われるまま素直に横に座る。
「元気にしていたかい? 怪我とかはしてないだろうね?」
 そう訊ねながら、エドワードの頬を包み込むようにして、顔を上向かせる。
「ん…、大丈夫。無茶はしてないから…さ」
「ああ、無茶はしないでくれ。私が辛くなるから…」
 そう告げながら、吐息がかかるほど近くまで顔を寄せると、エドワードが静かに瞼を閉じる。
 それが合図のように、ロイは小さな唇に自分の唇を合わせる。
 最初は触れ合うだけの軽いもの。
 そしてそれが、焼けるほど熱くなるのには、そう時間はかからなかった。
 恋が進展するのには、片方だけの求める気持ちだけでは扉は開かない。
 双方が、互いに恋しく思う気持ちを募らせて、初めて次へと進んでいくのだ。
 熱い口付けの途中で、ロイがエドワードの身体をそっとベットに横たえる時でも、
エドワードは抗わずにロイへと腕を伸ばしてくる。その仕草が嬉しくて、ロイは唇以外の場所にも、
降るように口付けを落としていく。
 ギュッと固く閉じられた瞼が哀しくて、自分をその瞳に映して欲しくて、強請るようなキスを瞼に何度も落とす。
 そして、恐る恐る開かれた瞼の奥には、ロイが焦がれ続けた瞳に映る自分の微笑が見える。
「エドワード、好きだ。愛している」
 真摯な気持ちでそう告げると、声も出せないエドワードは、何度も何度も頷いて返す。
 それだけでロイには十分、エドワードの気持ちが伝わってくる。


 そして。
「Je te veuk」と耳元で囁く。
 囁かれたエドワードは限界まで真っ赤に顔を染めて、それでも告げ返してくれた。
「俺も…」と。

 そしてまた、ロイはエドワードと初めての経験を得る。
 愛する人を腕に抱くという事が、これほど自分を満たしてくれるという事を…。

 運命とは優しいばかりではない。
 それでも、今の2人には、それは優しく甘いひと時として浸り込んでいく。
 彼らの短く、少ない逢瀬が途切れ、再び取り戻すまでの間、2人が過ごした時の事は、
彼らの大切な思い出となって、互いの胸に刻まれて行く事になる。





            久遠の輪舞後編、extra 完


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